
公開日: 2026年09月04日
カテゴリ: AI人材・組織
この記事の要点
- 創業108年・長野県のみそメーカー「ハナマルキ」は、情報システム部3名体制でGoogle GeminiのGoogle Workspaceライセンス保有者における利用率を2025年1月の33%から2026年6月に86%超へ引き上げた
- 同社が定着化の軸に据えたのは「3つのK(規定・共有・教育)」という、ツール選定より先に設計すべき組織的な仕掛けだった
- 中小企業全体ではAI導入率が20.4%、会社主導で積極活用している企業は約3割にとどまる。ハナマルキの事例はその外側にある少数派の設計を示している
- この記事では、3つのKの考え方と、保守的な組織で自社に置き換えて使えるチェックポイントを整理している
読む前に確認しておきたい言葉
| 言葉 | 一言で言うと | 身近な例え |
|---|---|---|
| Google Gemini | Google製のAIアシスタント | Googleアカウントで使えるAIチャット相談窓口 |
| ログイン率(利用率) | ツールに実際にアクセスした人の割合 | 社内システムに月1回でも入った人の比率 |
| 3つのK | 規定・共有・教育の頭文字を取った定着フレーム | 新しい社内ルールを根付かせるための3段階の準備 |
「ツールを配布すれば、あとは各自で使ってくれるだろう」——この前提が、創業108年のみそメーカーの事例によって改めて問い直された。
ハナマルキ株式会社(長野県伊那市)は、Google Geminiを全社約290名に開放した後も、最初のうち利用率は33%に過ぎなかった。それを86%超に引き上げたのは、ツール自体の改良ではなく、組織に向けて設計した「3つの仕掛け」だった。AI推進担当者にとって本当に参考になるのは「何を導入したか」より「どう根付かせたか」という部分にある。
事例の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 業種 | 食品製造(味噌・塩こうじ) |
| 会社規模 | 従業員約290名 |
| 課題 | ツール配布後も利用率が低く、全社への定着が進まない |
| 使ったツール | Google Gemini(Google Workspaceに統合されたAIアシスタント) |
| 期間 | 2025年1月〜2026年6月(約17か月) |
導入前の状況:何が困っていたか
ハナマルキは1918年(大正7年)創業の老舗メーカーです。食品・飲料業界の競合他社が広告制作などで生成AIを使い始めていたことを受け、全社的なAI活用へ踏み切りました。
全社員約290名にGoogle Geminiへのアクセスを開放したのは2024年末ごろとされています。しかし2025年1月時点のログイン率は33%。つまり、3人に2人はツールの存在を知っていても使っていない状態でした。
情報システム部の人員はわずか3名。担当部長が中心となって推進を担いましたが、個別指導を繰り返す余力はありません。限られた人数で全社に定着させるには、「一人ひとりを説得する」ではなく「使いたくなる環境を組織として整える」発想の転換が必要でした。
フィノジェン現場から
「ツールは配った。あとは使ってほしい」という状態は、ハナマルキに限った話ではありません。商工中金の2026年1月調査では中小企業の64.9%が「会社導入なし・個人の判断に任せる」状態です。現場が使い始めない原因のほとんどは、ツールの使いにくさより「使っていいのかわからない」「何に使えばいいかわからない」という曖昧さにあります。
導入のプロセス:実際に何をしたか
① 規定(Kitei)——「使っていいか」の不安を取り除く
最初に整備したのは、社内の利用規定です。生成AIに対して多くの社員が最初に感じる不安は「これを使って問題ないのか」というものです。何を入力してよいか、どこまで業務に使えるか、情報漏えいのリスクはないかという点が曖昧なまま放置されると、慎重な社員ほど手を出しません。
ハナマルキは利用規定を整備することで、「使っていい範囲」と「使ってはいけない範囲」を明文化しました。ルールがあることで、社員は「許可された行動」として安心して試せます。
迷ったこと:どこまで制限し、どこまで自由にするかのラインを引くこと。
工夫したこと:禁止事項だけでなく「推奨される使い方」も合わせて示す方向にしたこと。
② 共有(Kyoyu)——「どう使えばいいか」のヒントを配り続ける
規定だけでは「使う理由」は生まれません。次に取り組んだのが、社内での活用事例や使い方の共有です。
誰かがうまく使えた体験や業務に役立った具体例を社内で展開することで、「自分の仕事にも使えるかもしれない」という気づきが広がります。ハナマルキでは、こうした横展開の仕組みを意図的に設けました。
迷ったこと:どの事例を選んで共有するか、特定の部門に偏らないよう配慮すること。
工夫したこと:自分たちの業務に近い場面の事例を優先して選んだこと。
③ 教育(Kyoiku)——「実際にやってみる」場をつくる
規定と共有事例が揃っても、自分で手を動かす経験がなければ定着にはつながりません。ハナマルキは社内研修を通じて、実際に入力して試す機会を設けました。
「とにかくやってみる」体験を研修の場で保証することで、利用のハードルを大きく下げています。個人が自宅や業務の隙間で初めて触れる場面は心理的ハードルが高い。研修という集団の場で「みんなも同じところから始めている」と体感できることが後押しになります。
迷ったこと:製造現場を含む多様な職種に対して、どのレベルで研修を設計するか。
工夫したこと:業務上の具体的な場面を想定した演習を入れたこと。
導入後の変化:何が変わったか
定量的な変化:
Geminiのログイン率(利用率)は、2025年1月時点の33%から2025年12月に約80%、2026年6月時点でGoogle Workspaceライセンス保有者を母数とした換算で86%超に達しました。
なお、同社は1人あたり1日平均30分の業務削減と仮定した場合、全社で年間2万時間超の効率化になるという試算も示しています。これはあくまで仮定に基づく試算値であり、実測・監査済みの削減実績ではありません。
担当者の声:
情報システム部長の森香織氏は、Google Cloud Next Tokyo 26(2026年7月30〜31日)での講演でこの3つのKを紹介し、「利用率80%越え・年間2万時間削減を実現したハナマルキ流Gemini定着の秘訣」として公表しています。
フィノジェン現場から
33%から86%への変化に注目するより、「33%で止まっていた段階から動き出した理由」に学べることのほうが多いと考えます。変わったのはツールではなく、組織への問いかけ方でした。
この事例から学べること(あなたの会社への示唆)
- 「使っていいか」を明文化しないと、慎重な人ほど使わない。 規定の整備はAI活用の許可証であり、スタート地点です。
- 共有は「結果の報告」より「過程の見える化」が刺さる。 うまくいった事例より「こういう場面で試したらこうなった」という具体的な場面のほうが、他の社員は自分に置き換えやすいです。
- 研修は「知識を教える場」より「初めて触れる場」として設計するほうが効果的。 説明を聞くより、実際に手を動かす時間を多く取ることが定着に直結します。
▶ 「ツールを配れば広まる」は幻想だった——資生堂130人のAIアンバサダー事例が示す、中小企業が社内AI定着を進めるための推進役設計3つのポイント もあわせてご覧ください。
▶ 「AIを入れる前に、経営層が自分で使って成果を出した」——freee CAIOの実践が示す、中小企業がAI導入を失敗させない「順番」の設計法 も参考になります。
フィノジェンの見解:AI定着度の自己確認チェックリスト
以下の項目に〇がついた数で判断してください。
⬜︎ 社内でAIを使う際のルール(利用規定)が文書として存在する
⬜︎ 「こういう場面で使ってみた」という社内の具体事例が、少なくとも月1回以上共有されている
⬜︎ AIを実際に触れる研修や勉強会の機会が設けられている(過去1年以内)
⬜︎ 経営層または部門長が、AI活用について自分の言葉で発信している
⬜︎ 「AIを使ってはいけない場面」が社員に伝わっている
〇が4つ以上:定着設計の土台はほぼ整っています。次は「活用の深さ」に目を向けるフェーズです。具体的にどの業務でどう使うかを部門別に整理してみてください。
〇が2〜3つ:仕組みの一部はあるものの、全体がつながっていない状態です。不足している要素を一つひとつ追加していくことで、利用率は動き始めます。
〇が1つ以下:ツールの配布より先に、規定と共有の仕組みから着手することが優先です。まず「使っていい範囲」を1枚の文書にまとめることから始められます。
よくある質問
Q. 情報システム部が3名しかいない会社でも、こうした取り組みはできますか?
ハナマルキ自身が3名体制で実現しています。ポイントは個別指導ではなく「仕組みで動かすこと」です。規定は1度作れば全員に適用でき、共有は社内チャットや朝礼でも機能します。人数より設計の問題です。
Q. 製造業や現場作業がある職種でも、AIは定着しますか?
ハナマルキは食品製造メーカーであり、工場を含む組織で86%の利用率を達成しています。事務職だけが対象ではなく、業務の場面に合わせた使い方を示すことで、現場職でも活用は広がります。
Q. 「3つのK」はGoogle Gemini以外のツールにも使えますか?
規定・共有・教育という考え方は、ツールに依存しない普遍的な定着設計です。Microsoft Copilot、NotebookLM、Slack AIなど、どのツールを導入する場合でも同じ枠組みが使えます。ツールごとに「使っていい範囲」「具体的な使い方事例」「実際に触れる場」を用意するという順番は変わりません。
行動プラン
今週中にできること(コストゼロ・1時間以内)
- 現在導入しているAIツールについて「使ってよい業務」「使ってはいけない情報」を箇条書きでA4一枚にまとめてみる
- 自分自身が過去1週間でAIを使った場面を振り返り、「誰かの役に立ちそうな事例」を1つ選んでメモする
今月中にできること
- 上記の「使い方メモ」を社内チャットや週次ミーティングで共有し、他のメンバーにも使った場面を聞いてみる
3か月後の理想像
「うちのルールでは何に使えるか」「先月誰かがうまく使っていた事例」が社内で自然に話題になっている状態です。そこまで来れば、推進担当者が毎回声をかけなくても自走し始めます。
参考文献
-
ハナマルキ、情シスたった3人で「全社Gemini化」 AIで年間2万時間を削減した「3つのK」作戦 - キーマンズネット - https://kn.itmedia.co.jp/kn/article/2608/27/2000000785/
└ 3つのK(規定・共有・教育)の枠組み、利用率推移(33%→80%→86%)、情シス3名体制、2万時間試算の一次情報として参照 -
70代会長も動いた 創業108年みそメーカーがGemini利用率86%を達成した「3つの工夫」(headtopics経由ITmedia Business) - https://jp.headtopics.com/news/554820195202503638990-87336432
└ 競合動向を起点とした導入背景、全社約290名へのGemini展開、86%利用率の事実確認のために参照 -
老舗味噌メーカー・ハナマルキがレシピのAI検索を自作(Business Insider Japan / Yahoo!ニュース) - https://news.yahoo.co.jp/articles/6f86a6a1c348835f37c059ddd41c72a0633d3c9c
└ 1918年創業の独立確認、利用規定整備・社内研修・経営層の発信という定着施策を別媒体が報道していることの確認に使用 -
中小企業の生成AIの利用にかかる調査(2026年1月調査)商工中金 - https://www.shokochukin.co.jp/report/data/assets/pdf/futai202603.pdf
└ 中小企業の64.9%が個人任せという構造的課題を示す一次データとして参照 -
中小企業のAI等の利活用に係る実態調査(2026年3月)中小企業基盤整備機構 - https://www.smrj.go.jp/research_case/questionnaire/fbrion0000002pjw-att/202603_AI_point.pdf
└ 中小企業全体のAI導入率20.4%という市場文脈の一次データ。ハナマルキ事例の先進性を位置づける根拠として参照
著者より
ハナマルキの事例を読んで、「規定・共有・教育」という3つのKが特別なことではないと感じた方も多いと思います。むしろ「なぜ今まで意識してこなかったのか」という問いが本質です。ツールは揃った。では次に整えるのは「使う側の環境」です。その設計が先か後かで、17か月後の利用率は大きく変わります。
株式会社フィノジェン 代表 角 浩太
