
公開日: 2026年08月26日
カテゴリ: AI人材・組織
この記事の要点
- 経営層が自分でAIを使い、成果を示してから現場展開する「順番」が、AI導入の成否を分ける。
- freeeは制度や推進体制を先に作らず、まず経営層の実践によって現場の「使いたい」という需要を引き出した。
- 動画制作を1カ月・数百万円から1日・1万円に圧縮した事例は、順番を守ったから生まれた成果だ。
- 中小企業がAI導入を組織に根付かせるには、「経営層の実践→現場の需要→伴走支援」の3段階を踏むことが最短ルートになる。
- フィノジェン式AI導入順番チェックで、自社が今どのステージにいるかを確認できる。
日本企業のAI投資で「成果が出ている」と答えた会社は、わずか13%——。
アクセンチュアが2026年に発表した調査の数字だ。
78%の企業がAI投資を拡大すると答えているにもかかわらず、全社的な成果を実感している企業は世界平均を大きく下回る。
投資額の多さと成果の乏しさが、同時進行している。
この差を生むのは、ツールの善し悪しでも、予算の多寡でもない。導入の「順番」が間違っているからだ。
事例の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社 | freee株式会社(クラウド会計・バックオフィスSaaS) |
| 規模 | 上場企業。ただし取り組みの構造は中小企業に転用可能 |
| 課題 | ツールを配っても現場に定着しない、推進体制を先に作っても空回りする |
| 使ったアプローチ | 経営層が先に自分でAIを使い成果を出す「AIデモクラシー」→現場需要が生まれてからAIBP(AI Business Partner、社内伴走役)を新設 |
| 期間 | 段階的に展開(数カ月単位) |
導入前の状況:何が困っていたか
多くの会社がAI導入で最初に手を打つのは、ツールの全社配布か、推進担当者の任命だ。
しかし、ツールを配っても「何に使えばいいかわからない」で終わる。
推進担当者を作っても、現場が「使う必然性」を感じなければ動かない。
freeeも同じ問いに向き合った。
経営層が旗を振っても、現場には「またトップダウンの施策か」という空気が生まれやすい。制度や体制を先に作っても、使われない箱ができるだけだ。
そこでCAIO(最高AI責任者)と担当部長が採った方針は逆だった。「制度を先に作らない。まず自分たちが使って成果を見せる」。
フィノジェン現場から
「推進委員会を作ったが、会議ばかりでうまく推進できているとは言えない」という声は、業種を問わず非常によく聞きます。
体制を先に整えることが目的になってしまい、肝心の「使われる経験」が後回しになるパターンです。
導入のプロセス:実際に何をしたか
① 経営層が自分でAIを使い、成果を数字で示す
CAIOらは「AIデモクラシー」と呼ぶアプローチを取った。経営層が自分でAIツールを使い、業務の変化を具体的な数字で示す。
代表的な成果が動画制作だ。これまで1カ月かかり、数百万円のコストがかかっていた社内向け動画制作が、AIを活用することで1日・約1万円で完成するようになった。
この数字を経営層自身が「自分でやってみた結果」として社内に示したことで、現場に「自分たちも試せるかもしれない」という感覚が生まれた。
迷ったこと:成果を誇張せず、失敗も含めて正直に共有するかどうか。
工夫したこと:「うまくいった事例」だけでなく、試行錯誤のプロセスも見せることで現場の心理的ハードルを下げた。
② 現場に「使いたい」という需要が生まれるのを待つ
freeeは、この段階で推進組織を作らなかった。経営層の実践を見た現場から「自分の業務でも試したい」という声が自然に上がってくるまで、体制の整備を急がなかった。
この「待つ」という判断が重要だ。需要が生まれる前に供給(推進体制)を作っても、形だけの組織になる。
迷ったこと:「早く全社展開しなければ」というプレッシャーとの折り合い。
工夫したこと:現場からの問い合わせや相談件数を非公式にトラッキングし、需要の芽を定量的に確認した。
③ 需要が生まれてからAIBPを新設する
現場からの需要が確認できた段階で、初めてAIBP(AI Business Partner)という約30人の伴走役組織を立ち上げた。
AIBPは「AIを教える人」ではなく「現場と一緒に試す人」だ。指示する役割ではなく、現場の業務に入り込んで一緒に使ってみる役割を担う。
迷ったこと:AIBPをどの部門から選ぶか、専任にするか兼任にするか。
工夫したこと:AI活用に前向きな現場の実務担当者を中心に選び、「AI推進の専門家」ではなく「現場の代弁者」として機能させた。
導入後の変化:何が変わったか
定量的な変化:
動画制作:1カ月・数百万円 → 1日・約1万円(freee社内実績)
AIBP設置後:現場からのAI活用相談が継続的に発生する状態が生まれた
担当者の声:
「制度を先に作っていたら、使われない箱ができていたと思う。順番を逆にしたことで、現場が自分ごとにしてくれた」
フィノジェン現場から
AIBPのような伴走役を置いた会社でも、「推進担当者が孤立している」という状況をよく見かけます。
これは順番の問題で、現場の需要が生まれる前に推進担当者を任命すると、担当者だけが「使いたい人」になってしまうからです。需要が先、供給が後——この順序を守るだけで、担当者の孤立は防げます。
この事例から学べること(あなたの会社への示唆)
- 経営層の実践は、最強の社内広報になる。 ツール説明会より、経営者自身が「自分でやって〇〇が変わった」と言う一言の方が現場は動く。
- 推進体制は「需要が生まれてから」作る。 体制を先に作ると、推進担当者が「使わせようとしている人」に見えてしまう。現場からの相談が来てから動いても遅くはない。
- 成果は「時間」か「コスト」で示す。 「便利になった」という感想より、「1カ月が1日になった」という数字の方が、次に試す人の背中を押す。
読む前に確認しておきたい言葉
| 言葉 | 一言で言うと | 身近な例え |
|---|---|---|
| AIBP(AI Business Partner) | 社内AI伴走役 | 新しい機器を一緒に触ってくれる営業担当のような存在 |
| AIデモクラシー | 経営層が自ら使う文化 | 社長が率先して新しい業務フローを体験してみせること |
| CAIO | 最高AI責任者 | AI活用を会社全体で推進する担当役員 |
▶ 「ツールを配れば広まる」は幻想だった——資生堂130人のAIアンバサダー事例が示す、中小企業が社内AI定着を進めるための推進役設計3つのポイント もあわせてご覧ください。
▶ 「AIに任せすぎた」会社が失敗し、「あえて制限した」会社が成果を出した理由——VentureBeat調査が示す、中小企業がAIエージェントを業務に定着させるための自律度設計チェックリスト もあわせてご覧ください。
フィノジェン式AI導入順番チェック
あなたの会社は、今どのステージにいるかを3つの問いで確認してください。
問い①:経営層(社長・役員・部門長)が、自分でAIツールを使い、具体的な成果を数字で示したことがあるか?
「ある」と答えられない会社は、まずここから始める必要がある。ツールの選定や研修の前に、経営層が自分で使ってみることが出発点だ。「どのツールを選ぶか」より「誰が最初に成果を見せるか」の方が、組織への定着に直結する。まずMicrosoft CopilotやPerplexityなど、既存の業務環境に近いツールを1つ選び、経営者自身が1週間使い続けてみることを勧める。
問い②:現場から「自分の業務でもAIを試したい」という声が、自発的に上がってきているか?
「上がっていない」なら、推進体制を作る前に経営層の実践に戻る必要がある。AIBPや社内研修を先に用意しても、現場に需要がなければ使われない。自発的な声が出てきた時点で、初めて伴走役や推進担当者を設ける段階に入れる。「声を待つ」ことに焦りを感じる経営者は多いが、需要のない場所に供給を作っても空回りするだけだ。
問い③:AI活用の成果を「時間」か「コスト」という数字で、社内に共有する仕組みがあるか?
「ない」なら、成果の見える化が次の課題だ。「便利だった」という感想は、次の挑戦者を増やすには弱い。freeeが動画制作の「1カ月→1日」という数字を共有したように、成果を具体的な数字で社内に示す習慣を作ることが、AI活用を組織全体に広げる燃料になる。Notion AIやSlack AIのような記録・共有ツールを使って、小さな成果を積み上げて共有する仕組みを作るところから始めてほしい。
よくある質問
Q. 経営層がAIを使う時間がありません。どうすればいいですか?
1日15分から始められます。
メールの返信案を作らせる、会議メモを要約させる、といった「今日の業務の一部をAIに試させる」だけで十分です。
最初から大きな業務改革を狙う必要はありません。まず経営者自身がMicrosoft CopilotやPerplexityを1週間使い続け、「自分の業務のどこが変わったか」を確認することが最初のステップです。時間がないのではなく、試す対象が大きすぎるケースがほとんどです。
Q. AIBPのような推進役は、中小企業でも必要ですか?
従業員が30名以下の会社なら、専任のAIBPを作る必要はありません。
経営者や推進担当者が「一緒に試す人」として現場に入ることで同じ効果が得られます。
大切なのは役職名ではなく、「現場の業務に入り込んで一緒にAIを使ってみる人が1人いるかどうか」です。その1人が動けばいい。専任にする必要も、研修を受けさせる必要もありません。
Q. 動画制作以外に、順番を守ったことで成果が出やすい業務はありますか?
議事録の作成・整形、顧客向け提案書のたたき台作成、社内FAQの整備——この3つは業種を問わず成果が出やすい業務です。
いずれも「時間がかかる・繰り返しが多い・品質にばらつきがある」という共通点があります。
経営層が自分でClaudeやNotebook LMを使って提案書や説明資料を作り、「こんなに早くできた」と数字で示すことが、現場の需要を引き出す最短ルートになります。
Q. 現場からAI活用の反発があります。どう対処すればいいですか?
反発の多くは「自分の仕事が奪われるかもしれない」という不安から来ています。
この不安に対して説明や説得は逆効果です。経営層が「自分の仕事にAIを使ってみた。こう変わった」と見せることの方が、説得よりはるかに効きます。
「AIを使わせる」という構図をなくし、「経営者が自分でやっている」という構図を作ることで、現場の心理的ハードルは自然に下がります。反発は「ツール導入」の問題ではなく「順番」の問題です。
Q. フィノジェンに相談するとどうなりますか?
まず無料相談で、自社のAI導入がどのステージにあるかを整理します。
「経営層の実践」「現場の需要喚起」「伴走支援の設計」のどこで止まっているかを明確にし、次の一手を具体的にお伝えします。
ツール選定の前に「順番の設計」から始めることで、導入後の空振りを減らすことができます。まず1時間のオンライン相談から始められますので、お気軽にお問い合わせください。
行動プラン
今週中にできること(コストゼロ・1時間以内)
- 経営者自身が今日のメール1通の返信案をAIツールに作らせ、「何分で何ができたか」を記録する。
- 直近1カ月で「時間がかかった業務ベスト3」をリストアップし、AIを試せる業務かどうかを確認する。
今月中にできること
- 経営者が試した結果(かかった時間・コスト・品質の変化)を、社内の誰か1人に話す機会を作る。説明会ではなく、雑談レベルでいい。
3か月後の理想像
「AIを使ってみた経営者の話を聞いた現場担当者が、自発的に『自分の業務でも試したい』と相談に来ている」という状態が作れていれば、AI導入の土台はできあがっている。
参考文献
-
freeeCAIOと担当部長が語るAI活用の「順番」——約30人の伴走役「AIBP」を置く前にやったこと - https://www.businessinsider.jp/article/2608-freee-aibp-ai-adoption-interview/
└ 本記事の一次情報源。経営層先行実践と需要喚起の順番を詳述した元インタビュー記事 -
ウォルマート店舗従業員の新たな仕事:AIのエラー対応 - https://www.businessinsider.jp/article/2608walmart-workers-new-responsibility-correcting-ai-errors-retail/
└ AIツール導入後に現場が担う役割変化を示す事例として参照。「ツールを配るだけでは不十分」という論点の補強に使用 -
ウェブページの1割がAI生成、「ChatGPT」登場後に急増——Pew調査 - https://japan.cnet.com/article/35251856/
└ AI活用の普及実態を示す定量データとして参照。「使われているが成果に繋がっていない」という文脈の背景データ -
エンタープライズAIエージェントは、背後にある「最も汚い文書」と同じ程度しか信頼できない - https://venturebeat.com
└ AI導入の土台(データ・業務設計)の重要性を示す論点として参照。順番を守らないリスクの補強 -
Anthropic「Claude Tag」:Slackエージェントが会話全体を読んで自発的に介入 - https://venturebeat.com
└ AIが「呼ばれたら動く」から「自ら判断して動く」への移行を示す事例。組織設計の重要性を裏付ける参考として使用 -
教室での「スマートなAI活用」をどう促すか - https://www.technologyreview.com/2026/08/24/1142630/ai-school-classroom-policies/
└ AI活用の「許可範囲の設計」を信号機方式で整理した事例。組織でのAI活用ルール設計の参考として使用 -
OpenAIのサイバーセキュリティAIが「暴走」しHugging Faceをハッキング - https://techcrunch.com
└ AI導入においてガバナンス設計が欠けた場合のリスクを示す事例として参照 -
「ツールを配れば広まる」は幻想だった——資生堂130人のAIアンバサダー事例 - https://phenogen-jp.com/insights/shiseido-ai-ambassador-smb-champion-design
└ 推進役の設計に関する関連記事。体制を先に作ることの限界を示す事例として参照 -
「AIに任せすぎた」会社が失敗し、「あえて制限した」会社が成果を出した理由 - https://phenogen-jp.com/insights/ai-agent-autonomy-design-sme
└ AI導入の自律度設計に関する関連記事。「順番の設計」と「自律度の設計」は組み合わせて考える必要があることを示す参考
著者より
私がこの事例で最も注目したのは「待つ」という判断です。現場の需要が生まれる前に体制を作らなかった、という判断は、経営者としてかなりの胆力が要ります。「早く動かなければ」というプレッシャーがある中で、あえて順番を守ったことが成果に繋がった。現場を支援していると、「何かを始めた」という安心感のために体制を先に作ってしまう会社を本当によく見ます。順番を守ることは、待つことではなく、最短ルートを選ぶことだと私は思っています。
