
公開日: 2026年09月09日
カテゴリ: AIツール・製品
この記事の要点
- 2026年8月、Anthropicのサービス「Claude」ユーザーのアカウントが不正利用される事件が表面化した。原因はAnthropicのシステム側の問題ではなく、被害者のPCに入り込んだマルウェアだった
- MFA(多要素認証)を設定していても、ログイン後のセッション情報が盗まれればアカウントを乗っ取られる。これはClaude固有の問題ではなく、あらゆる業務用SaaSに共通する構造的な問題である
- 業務用AIアカウントについて、①セッション管理、②エンドポイント対策、③APIキー・OAuthトークンの棚卸し、④利用ログの異常検知、の4点を自社でチェックする方法を本記事で説明する
- IT専任担当がいない中小企業でも、今日中に確認できる無料の手順がある
読む前に確認しておきたい言葉
| 言葉 | 一言で言うと | 身近な例え |
|---|---|---|
| セッションクッキー | 「ログイン済み」の証明書 | 入場済みスタンプ。スタンプだけ別の人に渡せば、その人が入場できてしまう |
| インフォスティーラー | 情報を盗むマルウェア | PCの中を静かに漁るスリ。パスワードだけでなく「ログイン済み証明書」ごと持ち去る |
| OAuthトークン | 連携アプリへの入場許可証 | アプリAが「アプリBにアクセスしてもいいよ」と渡す一時的な鍵 |
| MFA(多要素認証) | ログイン時の二重確認 | 鍵と暗証番号を両方使うドア。ただし「入場済みスタンプ」は守らない |
社員がClaude、ChatGPT、Copilotなどを業務に使い始めた。「とりあえず全員MFAを設定させたし、問題ないだろう」と一息ついた矢先、こんなことが起きたとしたらどうでしょうか。誰もログインした覚えがないのに、AIのトークン残量が毎日少しずつ消えていく。請求額が想定より跳ね上がっている。でも、ログも証跡もない。
これは架空の話ではありません。2026年8月、実際にClaudeユーザーの間で起きた出来事です。そして同じことは、Claude以外の業務用AIアカウントでも起きうる構造を持っています。
この記事を書いた背景
「MFAを入れたので、セキュリティは一通り対処しました」という会話は、AI活用を進める中小企業でよく起こります。MFAの設定は確かに重要な一歩ですが、それだけで業務用AIアカウントのリスクが全て管理されているわけではありません。
今回のClaude事件は、その誤解を具体的に示す事例として現れました。アカウントの不正利用が「ログインの突破」ではなく「ログイン後のセッション情報の横取り」によって起きたという点が、特に重要です。
フィノジェン現場から
今回の事件を受けて、「自社は大丈夫か確認したいが、どこから見ればいいかわからない」という状況に置かれている管理部門担当者は少なくないと思います。本記事では、そのチェックの起点を4つに整理しました。IT専任がいなくても、今日から動ける内容に絞っています。
誤解①:「MFAを設定していれば、アカウント乗っ取りは防げる」
なぜそう思われているか
MFAは「パスワードが漏れても、認証コードがなければログインできない」という保護です。これは正しい説明であり、多くのセキュリティガイドラインが導入を推奨しています。その結果、「MFA=アカウント保護は完了」という理解が広まりました。
正しくはこうだ
MFAが守るのは「ログインの瞬間」だけです。ログインに成功した後、ブラウザには「認証済み」を示すセッションクッキーが保存されます。インフォスティーラーと呼ばれるマルウェアがPCに侵入すると、このクッキーをまるごと持ち出します。
攻撃者はそのクッキーを自分のブラウザに読み込むだけで、パスワードも認証コードも入力せずにアカウントへアクセスできます。今回のClaude事件では、さらにその先として、盗んだセッションキーから不正なOAuthトークンを生成し、被害者のトークン枠を無断で消費していたことがAnthropicの調査で確認されています。
MFAの設定は引き続き必要ですが、それだけではセッションレイヤーの攻撃を防ぐことはできません。
中小企業への影響
「MFAを入れたから安心」と判断して運用ルールの整備を止めると、セッション管理やエンドポイント対策の空白が生まれ、発覚が遅れるほど被害が拡大します。
誤解②:「ClaudeやChatGPTはアカウントを乗っ取られても、データが盗まれるくらいだろう」
なぜそう思われているか
従来のアカウント不正利用といえば、個人情報や機密ファイルの漏洩が主なリスクでした。AIアカウントに「盗まれる機密情報」があるとは思いにくく、被害の深刻さをイメージしにくいのは自然なことです。
正しくはこうだ
業務用AIアカウントが乗っ取られた場合、金銭的な損害が直接発生するケースがあります。Claudeのサブスクリプションプランでは、トークン上限に達した後はAPI料金レートで従量課金されます。今回の事件では、英国のAIコンサルタントであるGrant de Swardt氏が、自身が何も作業していない間にMax 20xプランのトークン残量が1日に10%超消費される事態を経験したとTechCrunchが報告しています。
さらに、攻撃者はClaudeのセッションを「計算資源」として利用するだけでなく、盗んだセッションを通じて連携アプリへのアクセス権(OAuthトークン)も不正に取得できます。Slackや業務管理ツールと連携している場合、そこから別の情報へのアクセスが連鎖する可能性もあります。
また、盗まれたセッショントークンはダークウェブで売買されており、セキュリティ研究者によればMicrosoft 365やSlackなどのSaaSセッションは5〜500ドル程度で取引されているとされます。AIアカウントも同様のマーケットに組み込まれつつある状況です。
中小企業への影響
「情報が漏れていない」からといって被害がないとは言えません。課金の不正消費や、連携ツールへの波及という経路で実害が出ます。
誤解③:「APIキーやOAuthトークンは、使っているサービスのITチームが管理するもの」
なぜそう思われているか
クラウドサービスの設定やAPIの管理は、技術担当者の仕事というイメージがあります。IT専任がいない中小企業では、「よくわからないからそこには触らない」という判断になりがちです。
正しくはこうだ
業務でAIサービスを使い始めると、知らない間にAPIキーやOAuthトークンが発行・蓄積されていきます。社員が個人でClaude.aiにサインインして「Claude Code」などの連携ツールを試した場合、アカウントにOAuthトークンが残ります。そのトークンが不正に生成・利用されたのが今回の事件です。
管理のポイントは技術的な深い理解ではなく、「今どんな連携が許可されているかを確認する習慣」です。ClaudeであればSettings → Connected Apps、ChatGPT(OpenAI)であればPlatform → API Keysから、現在有効な連携とキーを確認できます。見覚えのないアプリ連携やキーがあれば、すぐに取り消すことが基本の対処です。
中小企業への影響
棚卸しをしないまま放置すると、退職した社員のアカウントに残ったトークンや、試験的に連携した外部アプリ経由でのアクセスが発生し、気づいたときには長期間にわたって不正利用されていたというケースにつながります。
まとめ:3つの誤解を超えた先に
MFAは「入口の鍵」として有効ですが、業務用AIアカウントのセキュリティはその先にあります。セッション管理、エンドポイント対策、連携トークンの棚卸し、利用ログの確認、という4つを組み合わせて初めて、日常的な運用として機能します。今回のClaude事件が示したのは、攻撃の入口がAIサービス側ではなくPCのマルウェアであったという点であり、どのAIツールを使っていても同じリスク構造が存在します。
「AIを使わせる仕組み」と同様に、「AIの使われ方を把握する仕組み」を整えることが、業務用AI活用を安定させる前提になります。
AIエージェントへの権限設計という観点では、AIエージェントは許可した通りには動かない——Wikiインシデントを教材に、中小企業がエージェント導入前に整備すべき監視・承認の仕組み もあわせてご覧ください。
AIのコスト把握・利用可視化については、「誰が・何に・いくら使ったか」を把握できていない会社がAI予算を無駄にする理由——マネーフォワードのAIコスト管理サービスが示す、中小企業が今すぐ始めるべきAI利用の可視化と統制の設計ステップ も参考になります。
フィノジェンの見解:業務用AIアカウント セキュリティ確認チェックリスト
以下の項目に〇がついた数で、今の自社の状況を確認してください。
⬜︎ 社員が業務で使うAIアカウント(Claude・ChatGPT・Copilot等)の一覧が手元にある
⬜︎ 全社員のAIアカウントにMFAが設定されており、定期的に有効かどうかを確認している
⬜︎ 業務PCに最新のウイルス対策ソフトが入っており、定義ファイルが自動更新されている
⬜︎ 各AIサービスの「連携アプリ」「APIキー」「OAuthトークン」を直近3か月以内に確認したことがある
⬜︎ AIサービスの利用量(トークン消費量・ログ)を月1回以上確認する担当者と手順が決まっている
〇が4つ以上:基本的な管理体制は整っています。今回の事件を参考に、エンドポイント対策(PC側のマルウェア対策)と利用ログの確認頻度を見直すと、さらに安定します。
〇が2〜3つ:一部は対処できています。まず「連携アプリとAPIキーの棚卸し」と「利用ログの確認担当者の設定」を今週中に行うことを優先してください。
〇が1つ以下:今日から動ける項目が複数あります。まずAIアカウントの一覧を作り、全員のMFA設定を確認するところから始めてください。一度に全部やろうとせず、最初の一歩を今日中に踏み出すことが重要です。
よくある質問
Q. 今回の事件はClaude固有の問題ですか?自社ではChatGPTを使っているので関係ないですか?
関係がないとは言えません。セッションクッキーを盗むインフォスティーラーは、Vidar、LummaC2、StealCなど、Claude専用ではなく汎用のマルウェアです。ブラウザに保存されたあらゆるSaaSのログイン情報を収集します。ChatGPT、Microsoft Copilot、Slack、Google Workspaceなど、業務で使うSaaSアカウント全般が同様のリスクを持っています。
Q. 社員のPCがマルウェアに感染しているかどうか、どうやって確認できますか?
まずPCに導入しているウイルス対策ソフト(Windows Defenderを含む)でフルスキャンを実行してください。次に、ブラウザの拡張機能一覧を開き、身に覚えのない拡張機能が入っていないかを確認します。インフォスティーラーは拡張機能として潜伏するケースがあります。疑わしいものがあれば、削除したうえでAIアカウントのパスワードをリセットし、全セッションを強制サインアウトしてください。
Q. セッションの強制サインアウトは、どこから操作できますか?
主要なAIサービスの手順は以下のとおりです。Claudeは Settings → Security → Active Sessions からすべてのデバイスをサインアウトできます。ChatGPT(OpenAI)は Settings → Security → Log out of all devices から操作できます。Microsoft Copilot(Microsoft 365)はMicrosoftアカウントのセキュリティページから「サインインアクティビティを確認」し、見覚えのないセッションを終了できます。操作に不安がある場合は、各サービスの公式ヘルプを「active sessions sign out(サービス名)」で検索してください。
Q. AnthropicはClaudeの不正利用に気づいた際、どのような対応をしてくれましたか?
Anthropicは被害が確認されたアカウントに対して、強制サインアウト(全セッションの無効化)、保存済みクレジットカード情報の削除、不正利用分の部分的な返金を実施したとTechCrunchおよびMalwarebytesが報告しています。ただし、返金の範囲や対応内容は個別ケースによります。不正利用に気づいた場合は、速やかにAnthropicのサポートに連絡し、自分でもセッションを全て無効化することを推奨します。
行動プラン
今週中にできること(コストゼロ・1時間以内)
- 業務で使っているAIサービスにログインし、「Settings → Security」または「Connected Apps / Authorized Applications」を開いて、見覚えのない連携アプリやAPIキーがないかを確認する
- 全社員のAIアカウントの一覧をスプレッドシートに書き出し、MFAの設定有無を確認する(未設定の社員がいれば今週中に設定するよう連絡する)
- 各AIサービスで「全デバイスからサインアウト」を実行し、セッションをリセットする
今月中にできること
- 業務PCのウイルス対策ソフトのフルスキャンを全社員に依頼し、結果を管理表に記録するルールを設ける
- AIサービスの利用ログ(月間トークン消費量・ログイン履歴)を確認する担当者と確認頻度(最低月1回)を社内で決め、文書化する
3か月後の理想像
AIアカウントの一覧管理、MFA設定確認、月次の利用ログ確認が担当者込みで定着しており、見慣れない利用状況があったときに誰が何をするかが決まっている状態です。
参考文献
-
Hackers are stealing Claude tokens from subscribers | TechCrunch - https://techcrunch.com/2026/09/08/hackers-are-stealing-claude-tokens-from-subscribers/
└ 被害事例(Grant de Swardt氏)、Anthropicの調査結果、対応措置を直接報道した一次情報として使用 -
Infostealers are hijacking Claude accounts at users' expense | Malwarebytes - https://www.malwarebytes.com/blog/news/2026/09/infostealers-are-hijacking-claude-accounts-at-users-expense/
└ MFA迂回の仕組み、Anthropicの公式見解(マルウェアはClaude由来でない)を独立した立場から解説した第三者報道として使用 -
Anthropic: Attackers Using Infostealers to Hijack Claude Sessions | Security Boulevard - https://securityboulevard.com/2026/09/anthropic-attackers-using-infostealers-to-hijack-claude-sessions/
└ 使用されたインフォスティーラーファミリーの特定、セッショントークンのダークウェブ売買価格の根拠として使用 -
情報セキュリティ10大脅威 2026 | IPA 独立行政法人 情報処理推進機構 - https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2026.html
└ 「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が2026年に初選出・3位であることを示す公式根拠として使用
著者より
今回の事件で注目したいのは、Anthropicのシステムが侵害されたわけではないという点です。攻撃の入口はあくまで「使う側のPC」でした。つまり、どれだけ優れたAIサービスを使っていても、エンドポイント側の管理が抜けていれば被害は起きます。AIツールの導入と並行して、「使われ方を把握する仕組み」を整えることを、ぜひ今週のアクションに加えてみてください。
株式会社フィノジェン 代表 角 浩太
